奈良

西国三十三所 第六番 壺阪寺

先週の土曜日1月26日に奈良県明日香村にある壺阪寺へお参りに行きました。

 

 由緒

壺阪寺は西国三十三所第6番札所のお寺です。

宗派は真言宗。

703年、弁基上人という僧侶が壺阪の山で修業してた時に、お気に入りの水晶の壺を坂の上庵に納め、観音菩薩を作りました。これが壺阪寺の始まりです。

お寺の本尊として十一面千手観音像が祀られています。

本尊には眼病を治す力があると、お寺が始まった時から世間に広く知れ渡りました。

そこには奈良時代の律令国家において、

仏教を拡大していくという歴史の背景があります。

当時は仏教には呪術の効果があると信じられ、国家統治の機能を活かしていくことが期待されていたと言われています。

神道の祭祀のボスである天皇が、本来なら関わりのない仏教の効果を試されたこともあり仏教は広まりました。

壺阪寺の場合だと、10歳で失明した私度僧:長仁が壺阪寺に住んで本尊を拝んでいると、目が回復したという言い伝えがあります。

明治時代になると壺阪寺の参拝客が増えました。

浄瑠璃『壺阪霊異記』が要因だとされています。

この話の内容は以下の通りです。

病気で失明した旦那のために、嫁が毎朝壺阪寺に通い、回復を祈りました。

夫は妻の行動を不審に思いましたが。疑いは晴れました。

その時に妻に負担をかけてしまおうのが申し訳ないと思い、お寺の境内から身を投げようとしました。それを知った妻も後を追いました。

壺阪寺の観音様は、二人の愛に感動し救いました。そのあと夫は目が回復したというラブストーリーです。

このストーリーが大衆の心を鷲掴みにし、中には壺阪寺で骨を埋めたいとう人も現れ、1961年には日本初の盲目老人ホームが完成しました。

1965年にはインドでハンセン病患者を救う活動に参加して以来、国際交流が行われて現在に至ります。

境内

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多重塔
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灌頂堂
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壺阪大仏
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八角円堂(本堂)

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礼堂
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大観音石像
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壺阪寺を一望

ゼルダのダンジョンに出てきそうな雰囲気

御朱印

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感想

境内に入った瞬間インド色がものすごく強いなと感じました。

今後の国際交流もどうなっていくかも気になりますね。

春の景色も必ずや見に行きたいものです。

1月下旬で、少し雪も積もっていた場所もありました。

お寺と大仏を一度に眺めることができ目的を果たして満足でした。

アクセス

近鉄壺阪山駅からバス

入山料600円

8:30〜17:00