こんにちはブランチです先週の土曜日に、西方院に訪れた後に、向かいのお寺に行きました。その名は叡福寺というお寺です。
叡福寺の由緒
大阪府南河内郡太子町にあるお寺で、新西国霊場・客番です。
推古天皇が聖徳太子の墓を守るために建てられました。戦国時代には織田信長の兵火で焼失しましたが、江戸時代に豊臣秀頼によって聖徳殿を含む建物が再建されたと言われています。
毎年4月11日、12日には太子まいりと呼ばれる行事が行われます。
叡福寺の境内
叡福寺の山門
叡福寺の入り口
いつ動き出してもおかしくない感じでした。笑
南大門には力強い金剛力士像が立っています。
現在のものは、昭和33年(1958年)に老朽化のために再建されたものです。
戦国時代にも兵火で焼失して江戸時代にも再建されたと言われています。
始めて建てられたのがいつ頃なのかが気になります。
筆者の予想としては、金剛力士像が力強いことから鎌倉時代ごろかなと思いました。
叡福寺の金堂
ここには、叡福寺の本尊である、如意輪観音が安置されています。
聖徳太子の本来の姿が観世音菩薩であるという平安時代以来の信仰に基づいてるそうです。
これってもしかして本地垂迹説のことかなと思いました。
叡福寺多重塔
重要文化財に登録されています。
二天門
奥へ進むと聖徳太子御廟があり、聖徳太子とその母、妃が祀られています。
二天門には左右に天像が安置されています。
右の増長天
右の持国天
見真堂
見真堂には本尊に親鸞の像が安置されています。
親鸞自身が作ったと言われています。
叡福寺にも綺麗な彼岸花が咲いていました。
叡福寺の御朱印
感想
今回は、御朱印巡礼で訪れましたが、次回は太子町の歴史や文化を少しでも理解するためにも太子まいりも見ることができればと思いました。
桜の時期も風情があるのでまた訪れます。
お寺にいるとなんだか落ち着くことを感じた時間でした。
叡福寺へのアクセス
近鉄貴志駅より金剛バス・太子前下車すぐ
叡福寺HP